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チェンジリング その後

映画 『チェンジリング』 の感想。

ネタバレ必至デス。

鑑賞予定の方は 絶対読まないように。

舞台は1928年、世界大恐慌前夜のロサンゼルス。

突然

クリスティン・コリンズの9歳になる息子、

ウォルター・コリンズが失踪する。

5ヶ月後、イリノイ州で

ウォルターが警察に保護されたとの朗報が届くが、

全くの別人だった。

当時のロサンゼルス警察や

その上層部は、私利私欲にまみれ

はむかうもの、抵抗するものは徹底的に罰し

市民の生活をも脅かしていた。

当然、面子や体裁にこだわる警察は

息子と認めないクリスティンを 話を聞き入れるどころか

『精神異常者』 として、精神病院へ強制送還してしまう。

あの閉ざされた空間は 見てて相当まいる。 正常な人間なら

先の見えない状況(精神病院)に、タガが外れてもおかしくない。

しかしクリスティンは、過酷な環境に陥っても

ニセの息子を息子と認める契約書にサインせず、

『あの子は自分の息子じゃない 息子を探して欲しい』

と訴え続ける。 息子を思う母の愛が成せる業である。

協力者の力を得て 退院できたクリスティンは

ある農場での

少年ばかりを狙った連続猟奇的殺人事件の存在を知る。

犯人のゴードンは逮捕。

真実が明るみに出るに連れ

絶望の淵へ追い込まれていく。

息子は殺害されたのだろうか。

どこかで生きているかもしれない。

揺れ動く葛藤の中、

ゴードンの処刑、警察上官の処罰を経て、 (ノω・、) 超 爽・快

生活を取り戻しつつあるクリスティンの元へ

惨殺のあった牧場から 運よく逃げ延びた少年が現れる。

ウォルターに救われた少年だった。

生きてるかもしれない。

ウォルターの安否はわからず終いだが、

希望を見い出せたクリスティンは どんなに報われただろう。

息子の勇敢な行動に、

『誇りを持てた』 と漏らすシーン、

『息子を感じる』 と語る場面、もう号泣である。

ううう クリント・イーストウッド監督ぅ、

次は “硫黄島からの手紙”、借りるから。 (ノд・。)うる

そして予想を覆(くつがえ)すラスト。

ウォルターと再開し ハッピーエンドと思いきや

静かに字幕は流れ

『クリスティンは生涯、息子を探し続けた』

( ̄◇ ̄)なにー

酷すぎるが

絶望のまま息子を探し続ける場合と

希望を持って探し続けられる場合とでは、意味合いは180度違う。

そんな意味からも

この“チェンジリング”は 悲しいけどハッピーエンドといえよう。

 「私はただ、息子に会いたいだけ」

 「失うものは何もないわ」

 「希望」 etc

見終えたあとで

頭の中を 映画内のフレーズがよぎる作品は

大抵の場合、秀作と 勝手に相場を決めている。

ここで全部 書いといてなんだけど、

まだチェンジリングを見てない方は 是非、この余韻を味わって欲しい。

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